山陽電鉄「人丸前」駅をおりると、大きなネオン時計をつけた天文科学館がみえる。明石市は日本の標準時子午線が通る街。この時計が日本の標準時を刻みます。
人丸山公園のちょっと急な階段をあがって、師走のにぎわいにほど遠い静かな「時の道」を歩いていきます。

人丸さんの亀の水


高台にあるのが柿本(かきのもと)神社。万葉集の歌人、柿本人麿(かきのもとひとまろ)を祭っている神社です。
土地の人は
「人丸さん」と親しみこめて呼んでいる。
学問と防火、安産の神さんやそうです。歌人やから学問の神さんはわかるけど、なんで防火と安全?
それは人丸が
「火、止まる」「人産(う)まる」に通じるからやそう。なるほどね、そんなに大きくない境内やのに参拝の人は多い。赤ちゃん連れもチラホラ。人丸さんにお礼を云いに来はったのかな。
その人丸さんの参道の下にあったのが
「亀の水」。播磨三名水のひとつやそう。
石の亀の口からは勢いよく水が流れ出て、大勢の人がポリタンクを持って汲みに集まってはる。
水を受けている手水鉢は、常陸国の役人・飯塚宣政が悪人を捕まえる事ができたお礼に1719年(亨保4年)寄進したものとか。横の石碑には
「亀の水(1719)以前より涌出」の文字。
水はそれより100年くらい前から湧いていたそうな。
「長寿の水」といわれるはずやね。
「この水でしか御飯炊かないの」というのは並んでいた女性の話。「3日に1度がんばって汲みにきてます。水は重いから大変!」
そういえば、
ほとんどの人がキャスター持参。重いポリタンクをゴロゴロひっぱって帰っていく。
「この水は、いくら置いてもくさらへん」とはおっちゃんの弁。
でもその言葉には周りの人は「どうやろ」との返事でした。

つらい明石城のロボット

明石公園までの道の途中には、お寺のような外観の神社の「妙見宮」や白い建物の上ノ丸教会、やや朽ちた感じの明石神社などが点在して時の流れと歴史を感じさせる。
200万年前のアカシゾウの復元模型が展示されてる文化博物館を横目に歩いていくと明石城の外掘が見えてきます。
石垣の上に東西に並ぶ櫓(やぐら)は国の重要文化財。でもあの阪神・淡路大震災でかなりのダメージを受け、やっと1999年に修理が終わったそう。
この明石城の跡がとてもいい公園。
緑が多くて自然のままにしてて人工的でない所がいいな。トイレが多いのもいい。
それやのに、わからないのが入り口付近の
「とき打ち太鼓」のロボット!
ガラス張りの館のふすまが1時間ごとに静々と開き、かみしもをつけた武士のロボットが現れる。そしてちょっと無気味な動きでゆっくり舞いをしたり、時を報せる太鼓を打ったり。ところがその姿をみて、
なんと子どもが泣く!確かにちょっとこわい…
ロボットに罪はないけれど、子どもの泣き声の中でつらそうに舞う姿が見てる方もつらかった。

鯛とたこがいっぱい



明石といえば「明石鯛と明石だこ」。いや、他にもあるよといわれそうやけど、とりあえずこの2つは絶対においしい!!
「魚の棚」という魚屋さんがいっぱいの有名な通りがある。この名前は昔、斜めにした板の上にずらっと魚を並べ、鮮度を保つのに水をかけて売ってた様子からきてるそう。
地元では威勢よく
「うぉんたな」という。鮮度が大事やもん。師走で「うぉんたな」も大にぎわい。正月前になると焼き鯛を買いにくる人でいっぱいになります。
なにしろその昔、秀吉が織田信長の命をうけて三木城攻略のために明石にいた頃に、
気むずかしい信長のごきげん伺いにと「明石の鯛とたこ」の干物を送ったとか。
さすが秀吉やね。誰でもおいしい物を食べたらにこにこ顔。
「うぉんたな」の道に逃げ出すほど元気なたこ。このたこを使って焼き上げるのが
「玉子焼」。たっぷり玉子入りの生地でふわっと焼けた中には歯ごたえのある明石だこが入ってて、それを薄味のだしにつけて食べるという、大阪のソースつけたたこ焼きとは全然違うものです。
江戸時代より播州明石は、人造サンゴ「明石玉」の製作がさかんやった。その製造に玉子の白身を用いてて、残った黄身を利用して「明石だこ」を入れて焼いたのが始まりらしい。市内には約70軒ぐらいの店があって、道を歩けばあちこちに玉子焼の看板が。ラーメン屋のメニューにも玉子焼。これにはビックリした!
遠く万葉集にも詠まれ、源氏物語にも描かれた明石の地。明石城の上からは駅前の雑多なビル群がまるでついたてのように並ぶ。あふれんばかりの海の幸、絶えることのない亀の水。どうか自然の恵みを意識して背伸びをしないでいてほしいな。
(2001.12.16 ともこ記)
ウォーキングコース
時の道から明石城へ
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