兵庫県伊丹市といえば、空港のある町。以前は騒音問題もありました。でも国際線が関西空港に移り、飛行機の便も減ってからは町の印象も少し変わったように…。JR伊丹駅西側から西へとのびる遊歩道に導かれ歩いていくと、そこには静かな町が広がっていました。

瓦屋根がいっぱい!


駅前には大きな石垣があります。これは織田信長の武将荒木村重(あらき・むらしげ)が築いた有岡城のあと。城といってもど〜んと一つの大きな建物ではなく、石垣で取り囲まれた城下町全体が城郭。ここら辺りは郷町とよばれる要塞都市やった。江戸時代からはもっぱら酒造りが有名で、将軍家の御膳酒にもなったとか。その昔70軒以上あった造り酒屋も今や3軒の酒造会社が残るだけ。これも時代の流れかな。
でも町のそこかしこには昔の面影が見られる。それは茶色の板塀であったり、白壁であったり…。残された建物だけではなくて、なにかしら町並みに統一感がある。何やろ?と思ったらそれは瓦屋根。
伊丹市も阪神淡路大震災では多くの被害を受けたけど、震災後に整備されたり建て直された家に瓦の屋根が多い。いぶし銀に
光る瓦の屋根が本当にきれい!
国や県の重要文化財指定の古い住宅が残る「みやのまえ文化の郷」をすぎて、しばらく行くと明治6年創立の市立伊丹小学校がある。昭和58年に建て替えたそうやけど、これも又見事な瓦の屋根!現代の学校でこんな屋根は珍しいと思う。
震災で失われた風景のひとつが瓦屋根の家並み。それがここにはしっかりと残されてます。

渡り鳥がいっぱい!


小学校の北側を西北へと歩いて行くと、住宅地の中にいきなり広大な自然池がある。遠い昔の奈良時代に行基という僧が築造したという昆陽池(こやいけ)。12.5ヘクタールあるというから、広い!広い!
横には4.5ヘクタールの貯水池、これは伊丹市民の大事な飲み水になります。
昔の昆陽池は農地用水やったけど、今は野鳥と渡り鳥の飛来する
自然のオアシスとして貴重な存在。
白鳥、マガモはもちろん、カンムリカイツブリ、ホシハジロ、ミコアイサなど、普段あまり身近でない鳥もいっぱい。なにしろ3000羽を超す渡り鳥が群れ飛ぶ様はすごい!
その姿を撮ろうとプロ・アマのカメラマンの数もすごい!そして、鳥に餌をやる人の数も…!
池の浄化を守るために餌を与える場所を制限したり、植物や木炭、川砂利などを活用した浄化水路を作ったり、そして、池の近くにはたくさんの
「えさをやらないで」の看板が。
でも、パンくずがいっぱい入った袋を持った人の目には、この看板が全く映らへんみたいやった。

チョウチョがいっぱい!

昆陽池公園の正面入り口から池に沿って800メートルほどの所にあるのが伊丹市昆虫館
中に入るとまず200倍大の蜂の模型にギクッ!
昔は林や池のどこにでもいた昆虫が、生態展示室のケースの中で大切に飼育されてる。もはや、ケースの中でしか見られないのかな。
係員のサイトウさんによると「毎日のべ70〜80人の人が来館されます。昆虫が身近なものでなくなった今、
虫って決して気持ち悪いもんじゃないと云う事が伝わればなと」。なるほど、館内には虫の着ぐるみやかわいいぬいぐるみも置いてあって、手のとって遊べるようになってます。「案外、虫も可愛いかったり、かっこいいもんやとわかってもらえたら」。
圧巻は1階2階吹き抜けの
チョウ温室で、そこにはいっぱいのチョウチョがヒラヒラと放し飼い(?)。きれいな色のチョウが人の頭にとまったり、手のひらにとまったり。
ところが!幼稚園ぐらいの男の子二人が
いきなり泣き出したのにはビックリ!
「こわい〜!」(こわい?)「かまれる〜!」(かまれる?)お母さんたちは「かまない、かまない。こわくないよ」となだめるのに必死。ちょっとショックな光景でした。
帰る頃には少し慣れて手のひらにチョウチョをのせてニッコリ。よかったね。
でも、
都会の子どもが自然の生き物に触れることって本当に少なくなったんやと実感しました。
昆陽池は今も都会の中にかろうじて残る自然。水の浄化にも気をつけてみんなで大事にしないとね。
殺虫剤で虫を根こそぎ排除する現代社会。あんなに可愛いチョウチョすらかまれるかもしれないと子どもが思うなんて、なんか悲しいな。空を飛んでく飛行機を見上げて思ったことでした。
(2002.1.13 とも子記)
ウォーキングコース
伊丹郷から昆陽池
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