兵庫県神戸市東灘区の花は梅。昭和61年に区の花に選ばれたそうな。阪急電鉄「岡本」駅の北側には二つの有名な梅林があります。梅見をかねて今日も元気にウォーキング。
このあたりは高級住宅街としても有名。その静かな住宅街をぬけて北東へ歩くと保久良神社の参道の入り口。

山はにぎやか


保久良山は「早朝登山のコース」として近くの人たちに親しまれ、健康のため毎日登ってる人も多い。
坂はけっこうきついけど、舗装された道を、お年寄りやカップルや家族連れがスタスタ歩いてはる。愛犬を連れた散歩の人もちらほら。ちょっとくたびれた頃に保久良神社の大きな鳥居の前に出る。
神社周辺は弥生時代の集落の遺跡やそうで、土器や石器、勾玉(まがたま)なども出土されてる。よく見るとちょっと無気味な形の石や木が多い。心霊写真にでてくような木もあって…。祖神を祀った聖地であったという説もうなづける。誰もおらへんかったら、ちょっと気色わるー!
でも、山には次から次へと人が登ってきて、顔みしりの人同士がおしゃべりしてはる。
熟年カップルの多いこと。ちょっとハードな散歩という感じで気軽に来てはる。それに比べて私の格好はややたいそうやったかも。でも山と名がつくからは油断は対敵。準備は整えとかんとね。
鳥居の前は標高180メートル。眺望がすばらしい!
そばのおじさんが「望遠鏡で見ると、大阪湾をはさんだ関西空港の飛行機の発着も見える」。へぇ〜。
そこにあるのが
「灘の一つ火」という石燈。
言い伝えでは、ヤマトタケルノミコトが熊襲(くまそ)遠征から帰る途中に、大阪湾で夜になって航路を見失い神に祈ったところ、山の上に見えた
灯りを頼りに難波に戻ったんだって。
古来より神火とされてきた、戦争中を除いて消えたことのない灯り。その
石燈も阪神・淡路大震災では、がけ下の道まで落ちて壊れたけど、その年の12月には人々の尽力で再建されたそう。もう船の目印ではないけれど、灯りは心のよりどころ。今も山の上で灯ってます。

梅は岡本…

神社の西側にあるのが保久良梅林で、紅梅、白梅と約250本が植えられてる。山の中腹にあるので平地より開花が遅くこの日はまだ蕾やった。3月中旬が見頃やそう。
梅はないけど咲いてるつもりで乾杯してるグループも。残念やけど、私は熱いお茶で乾杯。
山道を下りて川沿いに歩くと
岡本(梅林)公園の標識。住宅地の中のけっして広くない公園には約130本の梅がびっしり。
なんでも江戸時代の頃
「梅は岡本、桜は吉野、みかん紀の国、栗丹波」とうたわれてたとか。
明治時代の岡本6・7丁目付近の梅林はなんと約6000坪もあったそう!
昭和6年までは観梅のシーズンには天井川沿いに臨時駅が設けられ、多くの観梅客を運んでたという話。今の姿からは想像もでけへん。
それでもせまい公園の中は、梅を見にきた人でいっぱい。
カメラで撮影してる人も多い。その中でひときわ目立った男性。なにやら本格的な装備!もともとプロの写真家で神戸で有名な某月刊誌の仕事をされてたそう。
「今は現役しりぞいて、花を追いかけてあちこち行ってます」でも
自然に咲く花の写真は本当にむつかしいとか。
「最初は後ろついてくだけやったのに、私の方がおもしろくなって。紅葉も毎年追いかけてるけどむつかしいわ」近くでカメラを下げた奥さまがニッコリ。
この梅林は自宅が近いので、咲き具合をみて撮りにきはったそうです。「最近、体調を崩したので、花を撮るのは気持ちが安らぐんです」梅の花に語りかけるように静かに時間をかけて撮影されてるのが印象的やった。

学生街はにぎやか

梅林公園から岡本駅方面へ行くと、阪急電鉄の線路の上と下ではガラッと印象が変わる。上は落ち着いた住宅街。下は元気な若者の街。
駅の山側には大学が3つあって、若者向けの店が多くそれぞれのお店もおしゃれ。
街の中は石畳で、パン屋やケーキ屋、カフェが立ち並ぶ。どこの商店街も商売では苦戦している中、
岡本の商店街は元気です。ちょっと高級感があっておしゃれな空間にしてるのでファンも多いのかな。
今日は出会わなかったけど、
保久良山にはイノシシがたくさんいるという。ちょっとの距離に、自然と現代的な商店街とが一緒やておもしろい街やね。
宅地化とともに失った岡本の梅林。それを取り戻したいと区民が願って保久良山に梅の木が植樹されたのが昭和50年。そして昭和57年に梅林公園が整備された。人は大事な物もなくさへんと、その値うちに気がつかへんのかなと、きれいに咲いた梅の花を見てつくづく思った。
(2002.2.17 ともこ記)
ウォーキングコース
神戸市東灘区岡本
保久良山から岡本梅林公園
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